お侍様 小劇場
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   “とある真夏のサプライズ♪” 〜寵猫抄より


       
 〜寵猫抄エンド



 寝ぼけもあってのこととはいえ、朝も早よから ちょっぴり遠い町まで伸した大妖狩りの紅胡蝶様。追って来て下さったお仲間の助けもあってのこと、少々ヤバめのすったもんだの末ながら 誤解も解けたし、そもそもそれに引かれて飛び出した元凶の邪妖退治もこなせて。朝っぱらから繰り広げられたドタバタは、何とか落着したものの、

 「で? どうするね。」

 現地をテリトリーとして守っていなさる金髪の聖封様が訊いたのが、久蔵と兵庫という大妖狩りさんたちは、月夜見の力を得て生まれ、活動している存在なので、すっかりと陽が昇ってしまった今から、結構な距離のある地元までを“飛んで”帰るのは危険じゃないかという点で。霊力的には不可能じゃあなかろうが、相当な力を放ちつつの移動になるのは必定。賑々しく鉦
(かね)を鳴らしての移動も同然となるため、こちらの霊感少年ほど強い感応力がなくても気配を拾えてしまいはしなかろかと、さすがは封印や結界のスペシャリストで、その点をまずはと案じて下さっており。

 「小さな猫へとその身をやつしてまで素性を隠している様子なのに、
  そんな苦労を たまなしにしてしまわぬか?」

 聞けば聞くほどごもっともなご意見へ、

 「…確かに。」

 何でもなかったと素知らぬ顔では戻れぬぞ? あの七郎次という彼が、屋敷の中にはいないと察し、ご近所を声掛けしながら捜し回っておったからな。その声を皆が聞いている以上、どんな誤魔化しの暗示をかけたとて、見つかりましたかなんてな話を振られたら あっと言う間に解けてしまう、と。これは兵庫が付け足して、

 「地域をくるむような あまりに強い暗示は、危険だから使いたかないしな。」
 「…。(頷)」

 それはこちらの大妖狩り二人、破邪殿や聖封殿にもよく判る理屈。大きな暗示や重複は、人の心への負担も大きい。特に、破綻したおりに拾ってしまう不安は格別で、どうして自分だけ覚えていないのか、どうしてそんな記憶違いをしているのか…などという、自分への疑心ほど恐ろしいものはないからで。自己防衛から自発的に構えたものならともかくも、こちらの勝手な事情から、そんな危ないものへ付き合わせるべきじゃあないのは明白。

 「〜〜〜〜。」

 さすがにコトの道理は判ったのだろう、傍若無人をやらかした張本人でもある久蔵も しおしおと項垂れかかったほどだったのだが、


 「……じゃあ、こうすりゃあいい。」





       ◇◇



 選りにも選って、起きぬけに浴びた途轍もない不安という冷ややかな感触が、ようやっと拭えたのは、一本の電話がかかって来たからで。首輪に迷子ペット用の電話番号を刻んであったの、ちゃんと気づいてくださったお人が、久蔵くんはこちらで預かってますよ、とっても元気ですよという、とっても行き届いた連絡を下さって。それでやっとのこと、跳ね上がっていた心臓が定位置へと落ち着いてくれた七郎次であり。

 『にゃあにゃっ。』

 小さなモバイルから間違いなく本人の声がしたのを聞いて、どれほどのこと安堵したことかとの感動の丈を興奮気味に訴えながら。早く迎えにゆきましょうと、そのまま車庫へ向かいかける金髪の敏腕秘書殿を、まあ待てと引き留めて。

 『勘兵衛様?』
 『そのままの恰好で構わぬのか?』

 今日も蒸し暑い日になりそうだから、そのくらいの多少ラフないで立ちでも、特に失礼にはなるまいがと。何より彼にはちっとも簡素でも見苦しくもない恰好だったのでか、ほのかに苦笑しながら見渡したところの、七郎次のまとっていたものが。全くの普段着、しかも部屋着のまんまに近いそれだったからであり。

 『ありゃ。///////』

 あああ、気が動転し倒しておりますね。せめて、少し襟ぐりが縒れているTシャツを着替えて、軽い上着を羽織らなきゃ。そうそう、お財布とそれから車の鍵も…と、どれほど舞い上がっていたかを再確認しつつ、玄関へと進路を取り直した七郎次がたかたかと足早になるのを眺めやり。自身はのんびりとした歩調でその後へと続いた、まだまだ余裕のあった勘兵衛だったが、

 「○×区?」

 七郎次が連絡を受けたお人が告げた住まいというのを聞いて、おやおやとその表情を意外そうに弾かせた。

 「結構な距離があるな。」
 「ええ。久蔵が自分で歩いてったと考えるのは無理がありますよ。」

 やっぱり誰かが攫ってったんですよ。でも、その先で何かがあって、久蔵はそんな隙をみて上手に逃げたんだ、と。さすがにスーツは大仰だろうからと、シックなデザインシャツを引っ張り出し、それへと着替えつつ言いつのる、今は完全に“小さな久蔵のおっ母様”モードの七郎次であり。手際よくもボタンを留めつつ、勘兵衛の衣装へも眸をやり。ああさっぱりしたものをまとっていなさるから大丈夫かなとの納得をした上で、

 「本当に運の強い子ですよね、久蔵って。」

 はあという しみじみした吐息混じりに、あらめてそんなことを口にする七郎次なのへは、勘兵衛もまた うむという同意の相槌を禁じ得ない。これまでの迷子歴は本当に数知れずで、人込みの中だの出先の慣れぬ土地だのと、普通に考えりゃ再会なんて絶望的かもしれないシーンで見失うこともありながら、なのに何とか戻って来てくれるのが、今日は特にしみじみと嬉しくてならぬ。やんちゃで行動力もあるとはいえ、まだまだ幼い仔猫であるし、自分たちにとっては特に、笑ったり怒ったり、膨れたり。その表情の豊かなことでも親しみを深くして来た特別な和子。

 “まあ、その点はどこのお宅でも同じなのかも知れぬが。”

 当家のようにくっきりと人の和子の姿を見ることは出来ずとも、それでも、我が子のように、若しくは家族の一員として、それはそれは慈しんでおいでな家庭は山ほどあると知っている。潤みの強いつぶらな瞳をまたたかせ、小首を傾げて“どうしたの?”と訊いたり、小さなお手々をちょいちょいと振り向けて、ねえねえこれ見てよと大人の注意を促したり、口許を尖らせて ふにゅうと不平そうな声を出し、一丁前に拗ねて見せたり。そんなことなら、どこのわんこやにゃんこもやってることに違いなく。

 「あ、そうそう。アンダンテでケーキを買っていきましょうね。」
 「ケーキか? 男の人が知らせて来たと言わなんだか?」
 「ええ。ですが最初のお声は、十代くらいの男の子でしたし。」

 いくら暑い時期とはいえ、まさかに海苔やお茶ってのも妙でしょうと。にっこり微笑った七郎次は、自分が甘党なせいかこういう時の“お持たせ”を必ず甘いものにするのだったと思い出し。随分と浮上したものよと、そちらへも改めての苦笑が絶えない勘兵衛だったりしたのである。




       ◇◇



 初めての土地とはいえ、住宅街として整備されていた町だったせいか。道に迷うこともなければ、行楽地へ向かう車列の渋滞に巻き込まれることもなく、教えられたご住所まで最短時間で無事に到着し。こじんまりとした二階家の前で車を停めると、気配を察したか門柱へ向かうより先に玄関が開いて、

 「あ、島田さんですね。お待ちしておりました。」

 顔を覗かせ、そのままにこやかに微笑って下さったのが……七郎次がいて言うのも何だが、ダークブロンドの髪を頬へまで流し、それのかからぬ右の青い眸が印象的な。すらりとした肢体もなかなか小意気なうら若い男性だったりし。

 「初めまして。あの、こちらに…。」

 ああ、こういうときのご挨拶って何をどう言えばいいのだろ。勘兵衛様なら、色んなシチュエーションのお話をお書きだから…と、ややもすると この敏腕秘書殿には珍しくも、どこか戸惑いながら思ったものの、

 「にゃあみゃっ!」

 どうぞお上がりくださいという意からだろ、大きくドアを開いて下さったその彼の向こうから、聞き間違えようのないお声がし、たかたか・とたとた、小さな肢体を弾ませて、キャラメル色の仔猫が廊下の奥から飛び出して来て。こちらの二人には、覚束ない足取りの和子が、懸命にあんよを繰り出し、せっせと駆けて来たようにしか見えなんだので、感激もひとしお。小さなお手々を前へと突き出し、足元も見ぬままという危なさで、ただただ一心に駆けて来る姿は。そのまま“待ってたの待ってたのvv”という、坊やの側の思い入れをも重々感じさせ、

 「久蔵っ。」

 ご挨拶も半ばだったというに、ついついひょいと屈み込み、飛び出して来た小さな和子、その懐ろへ受け止めてしまった七郎次であっても詮無きこと。えいっと、最後のひと跳ねを頑張った分、小さな仔猫では届かなんだろう、相手の胸元へまでと飛びつけて。ぱふりと受け止めてくれた温みと匂いとへ、

  にゃあぁあん…、と

 それはそれは甘いお声での長鳴きをするものだから。抱きとめた側になる七郎次までが、何か暖かいものに優しく包み込まれたような気がしたほど。ああ、昨夜から数えれば14時間も逢えずにいた君なんだねと、感激のあまりに口も開けぬおっ母様だったようで。日頃も寝かしつけてから朝までは“逢えない”のだから、起き出してからの4時間というのが正味の正しい数値であるが、そういうつや消しなツッコミをする者はないままに、

 「…すみません。この子がお世話をおかけしましたようで。」

 しゃがみ込んだままな七郎次の肩へと手を置きつつ、後見のようにすぐ後に続いていた勘兵衛が、あとの会話を引き継いてやれば。

 「いえいえ、本当に手のかからないいい子でしたよ。」

 ブロンドの青年が、淀みのない標準語にての応対を返す。夏休みとはいえ、平日だというに、こうして家人の外出の付き添いが出来る壮年殿とあって。それだけでももう、一体どんな職業の人だろかという関心を招くのも致し方がなかろう。それでなくとも押し出しのいい威容を帯びた、風格ある佇まいをした御仁であり、顎のお髭はともかく、この年齢だってのに背中まですべらかした長髪…と来ては、到底かたぎのサラリーマンには見えないに違いなく。冗談抜きに、小説家という顔を知らないお人からは書道家や俳人などなどと思い込まれていたことも多々ある勘兵衛で。だが、それを言うなら、こちらさんもまた、働き盛りの若い男性が、昼に近い午前中に堂々の在宅というのは、普通一般のサラリーマンには珍しいこと。立ち居振る舞いや雰囲気がスタイリッシュなところから察して、接客関係のチーフ格か、美容師含むのスタイリストか。

 “……。”
 “……。”

 双方ともに、似たようなことでも思ったが、だとしても…思いはしても口には出さないのが大人の礼儀というもので、フレックスですからとお互いに目顔で言ってそうな、なかなか希少な微笑みを交わし合ってから。立ち話も何ですからと、その身を引いて“どうぞどうぞ”と、再び上がるように勧めて下さる。そんな彼にも連れがいて、寸前まで仔猫を抱えていたものか、まとまりの悪い黒髪もお元気そうな、こざっぱりとしたTシャツにハーフパンツ姿という小柄な少年が。にこにこヒマワリみたいに笑って、上がり框のところへ立っていて。

 「にゃ。」

 小さな和子が細い顎をうんとのけ反らせ、にゃあんと七郎次を見上げて来たその視線。自分の肩越しに後ろへと流して見せるのが、あっち見て見てと坊やなりに促しているようで。

 “そっか、あの子が電話をくれたんだ。”

 初めてのお家でも不安がらぬよう、遊び相手をしていてくれたのかな。人懐っこい久蔵ではあるが、それでも…七郎次に甘えている中途でそちらへ意識を移すほどだなんて、よほどに楽しく構ってもらっていたに違いなく。これはいつまでも屈んでもいられぬと、七郎次が立ち上がったところが、

 「うわ、綺麗ぇな人だぁ。」
 「……………は?////////」
 「くぉら。」

 とことん素直な気性のボクなのか。ドングリ眼を見開いて、うあと驚いたのはお世辞じゃあなかったらしかったが。そこをすぐさま、お行儀が悪いぞと こつりとこずいた手がそのまた後方から伸びて来て、

 「何だよ、ぞろ。ホントに綺麗じゃんか。」
 「そういうのを不躾けってんだ。」

 男だぞ、思っても口に出すもんじゃねぇんだよ…と、そちらさんも“不躾けさ加減”ではいい勝負な物言いをしたがため、

 「楽しい会話も、後だ後。」

 口許を引きつらせた金髪のお兄さんから、身の毛がよだつ系、恐ろしい種類の笑みを向けられてしまっており。何とも個性的なお家の方々だなとの印象を、勘兵衛や七郎次へと披露するに至ったのであった。




        ◇


 何でこんな遠くまで、単身でやって来ていた仔猫様だったものかは、だが。保護してくださっただけのこちらの方々に訊いても、きっと判らないことだろう。それでなくともご迷惑をおかけしたのだ。いつまでもお邪魔するのもそれこそ不躾なこと、出来れば手早くご挨拶をし、お礼を述べて。一刻も早く自宅の落ち着く空間へ、小さな仔猫(坊や)を帰らせたかったのだけれど。その辺りも察しておりながら。それでも…と、あえて…小芝居を打ってでもと引き留めにかかった“向こう様”の彼らだったのは、そんな時間稼ぎの裏で、黒猫さんを彼らの車にこそりと隠れさせたかったからでもあって。その暴挙を案じ、すっ飛んで来た彼だったとはいえ、実は大妖狩りだということも含め、相棒同士な身の上だなんて、仔猫として久蔵を飼う家人には知らせてはいないこと。

 『すぐ隣りのご町内に住んでいるし、
  あくまでも“猫”としてなら顔見知りでもあるから、
  知り合いといえば知り合いではあるのだが。』

 だからと言って、ただでさえこんな遠方に“不審な遠出”をしているその傍らに、自分も同座しているなんてのは不自然の何乗になることなやらな事態なのでなと。黒髪のお兄さんの姿のまま、兵庫が微妙な立場なことを仄めかし。そんな説明ができる相手だったのだけは、この際は大助かりであり。こっそりとした便乗にて、お家へ戻ることになったその段取りのため、ちょっとお話がと引き伸ばしたがったこの家の皆様だったのだけれども。そんな裏なぞへ思い当たりもしない二人にしてみれば、

 「お忙しいお時間を潰させてしまいまして、本当に申し訳ありませんでした。」

 礼を尽くした言葉での固辞を申し出るものだから、引き留める理由もそれ以上はなく。ただ、

 「あんな、この番号に電話したら、でいいからさ。
  時々、久蔵と話しとかしてもいいかな?」

 「え?」

 小さな字だったからとメモへ写し取ったらしい、迷子用の電話番号。それをこれと見せてくれつつ、そうと言い出したのが ルフィという少年で。七郎次に抱えられていた仔猫さんも、みゃvvと身を起こすと、小さなお手々を延ばして見せる。小さな小さな仔猫の手、七郎次らからみれば、ふわふかな幼児のお手々を。上へと向けた手のひらで捧げ持つように掬っての、やさしい握手へ持ってゆき、

 「この子、凄げぇ賢いだろ?
  お兄さんとこへ電話したときも、
  鳴いたら自分だって判るだろって思ったか、
  ずっとにゃあにゃあ言っててさ。」
 「あ……。」

 電話で話が出来るなら、お家へ帰っても久蔵は ずっと俺の友達だ。だから、あのその、いいかなぁ?と。自分でも妙なことを言ってるなぁと気づいたか、もじもじしだした童顔の坊やへ、

 「勿論、構いませんとも。」
 「やたっvv ///////」

 なんとまあ、人間のお友達まで作ってしまいましたね、久蔵ってばと。ほこほことした笑みが止まらない女房殿とちょっぴり疲れたか欠伸をしだした仔猫を乗せて。帰途へとついたる愛車のトランクに、まさか無賃乗車のお客がいることも知らぬまま、島田せんせいもホッとして運転席へと座を占めており。

 「……それにしても、不思議なことですよね。」
 「ああ。一応は警察へも届けておこう。」

 結局のところ、こんな小さな仔猫さんが何でまた、車でも小1時間はかかるほど遠い町で見つけられたのかは判らずじまい。可愛い風貌目当てか、それとも…七郎次いわく、写真集の姿に魅せられたストーカーが執念で家を捜し出しての誘拐した犯人だったが、久蔵の方が一枚上手で隙を見て逃げ出したんですよと、そういう結果に落ち着きそうなこたびの騒動。

  《 真相を知ったら、双方ともに引っ繰り返りかねぬわな。》

 そこだけは保証出来るぞと、猫のお顔では難しい苦笑を浮かべ、自身こそあの勘のいい女将にどう取り繕うのやら、呑気なお顔でいた黒猫さんも乗せて、西への道をゆくセダンだったのでありました。





   〜Fine〜  2010.08.13.〜8.20.

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  *妙なゲストが登場した、ややこしいコラボですいません。
   別なお部屋で展開しております、海賊噺のパロディの内の1つ、
   途轍もない力を秘めた霊感少年で、ちょいとやんちゃな高校生ルフィと、
   そんな彼が見いだした大邪妖狩りこと“破邪”のゾロという、
   いかにもオカルトっぽい土台で、
   時々は長編で邪妖退治もやらかしますが、
   おおむねは、ただただ甘甘な同居日常噺が紡がれてるばかりという、
   某ジャングルの王者たーちゃんみたいな(判りにくい喩えを)
   そういうシリーズとのコラボに挑戦してみたワケです。
   もしかして楽しかったのはもーりんだけという、
   自己満足話だったかもですが、
   苛酷なまでに暑かった夏だったんですもの、
   何年か振りの夏休みだったとして、どうか大目に見てくださいませvv


  *猫キュウちゃんの
   豪快な迷子っぷり(命名 A様・笑)をご覧になりたい方は →

  *追記 いちもんんじさんから、可愛らしい作品を頂きましたvv
   かぅあいいったらvv  
こちらvv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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